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ジギタリス『Ars Magna(アルス・マグナ)~大いなる作業~』(2010)

2010年8月16日 (月曜日)
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ジギタリス『Ars Magna(アルス・マグナ)~大いなる作業~』(2010)このアルバム『Ars Magna(アルス・マグナ)~大いなる作業~』は、前回(といっても3月だけど…)このブログで取り上げた日本のロックバンド、ジギタリスの3枚目にあたる新作。5月に発売されて3ヶ月ほど経つけど、わたしは大変気に入ってしまって、今もよく聴いている。

前作の『SYZYGIA』は「相対する一対の物」というのがコンセプトで、本作は“錬金術”がモチーフとなった歌曲集とのことなのだが、主題から想像を大きく膨らまし、それを詩と音楽で描写する能力に秀でてるバンドのようだ。

特に今回の新作は「内から沸き上がる」といった形容がぴったりな、表現者としての魂の強さを感じさせるというか、血が込もった作品に仕上がっている。

前作でも特徴的だった多重コーラスはさらなる発展を遂げ、今回はストリングスやキーボードも加わり、ギターも幾重にも重ねられたことで、厚みと説得力を増したサウンドで迫ってくる。

それと、やはりジギタリスの大きな特徴であるのが幻想的な歌詞。CDの帯には「―私たちはどこから来て、どこへ行くのだろう―」というコピーが記されており、世界の誕生や自己認識、死といった普遍的なテーマを寓意や象徴に満ちた詩で綴っている。

そして、時空を超えていると言っても差し支えないであろう、山本美禰子の透明感溢れる美しいボーカルが、それらの幻想的イメージに真実味を与えているのだ。

それはもう1曲目の「アルケミスト」から確固たる世界観を提示している。歌詞を読むと、錬金術師がこの世界を創る瞬間を描いているようだ。「暗闇を切り裂く鳩のような貴方… ― 光あれ ―!」のくだりの後の間奏は、無限の空間が正にいまこの時創出されているというようなイメージをこちらに想像させる。そしてクライマックスの空の描写に移っていき、のっけからドラマティックな世界に引き込んでくれる。最初に聴いた時は、気合い入ってるなあという素朴な感想を持った。

3曲目の「ウロボロス」は特にお気に入りの曲。原始的な生命力を感じさせるドラムで始まる印象的な曲なのだが、この曲のスパークしぐあいは凄い。ギターが掻き鳴らされ、「歌が… 響き続ける」と歌われるところは、まるで脈打つマグマが全身の毛穴から噴き出してるようだ。聴いていると非常に心が燃えたぎってくる。個人的には、歪んだギターのテクスチャと透明感あるボーカルのコントラストが好きだ。また、伸びるギターソロが凄くカッコイイ。

燃えたぎる曲というとラストの「問い ―言葉なき叫び―」。これも強烈にロックしてる戦慄的な曲だ。詩の内容にとらわれず素直に音だけを聴いていると、血の海からガソリンまみれの竜が火だるまで昇り上がってくるようだ。

「ケルビム」は風にゆらめくような浮遊感あるサウンドが心地良く爽快だ。だが、エンディングに向かって盛り上げていく展開は壮絶だ。スキャットが躍動したのちギターが入ってロック色が強くなっていき、最後は「ああ!」という絶叫で終わるのだが、この声の表現が凄い。

それというのも、この曲の歌詞は非常に痛烈なのだ。「機械仕掛けの駒は 四角い塔を目指して散らかっている」という部分。「四角い塔」というのは火葬場の煙突のことなのだろう。「機械仕掛けの駒」というのは言うまでもなく我々人間のことだろう。だいたい世の中、人間が本心から面白いと思って夢中になれる仕事というのは限られてるし、やりたいことを猛烈にやって充実してますと言い切れる人も少ないだろう。つまり生きがいという人間性をスポイルされ部品と化してしまった生活者一人ひとりを指すのだろう。そして、エンディングの「ああ!」という凄い叫びは、バックで刻むギターと相俟って、死して焼かれて塵になる瞬間を連想してしまう。宙に浮いたようなサウンドで進んでいくので感触は空想的だが、中身は非常に現実的な歌だ。

「真の名前」はアコースティック・ギターによる弾き語りの曲なのだが、非常に深淵な歌でわたしは大変気に入ってしまった。

内容は、我々が両親からつけられた名前とは別に、生まれる前から持っている本当の名前があるということが歌われたもので、「西の丘を吹く風が教えてくれた話」というシュールな切り出しで比喩表現を駆使し歌われていく。

そんな中で、わたしに強い衝撃をあたえたのは「それは言葉をなくしても なくならない本当の名前」というフレーズだ。このフレーズが耳に入ってきた瞬間、わたしは胸の中が空っぽになり大きな不安感に襲われてしまった。普段絶えず活動している意識が、言葉を剥奪され思考を停止させられることによって、逆に実在感があらわになる。だがその実態はというと甚だ空虚なのだ。

よく、肉体は死んでも魂は残るという。では、この胸の中の空虚な実在感が魂、本当の自分だとするならば、いったい何によって自分自身を確認するというのだろう。魂というのをもし、顔や体、衣服、職業その他様々な自分にこびり付く属性を、らっきょうの皮のように剥いでいって残ったものだとすると、自分を自分自身だと認識するための言葉ではない何かとはいったい何なのか。

このように存在の本質というものを非常に考えさせる歌だ。だが、考えてもそれを掴みとることができない。だから不安になる。そこが良い。

この心境で再度初めから聴きかえすと、もう片時も安心できなくなってくる。各々の比喩表現の彼方に存在するはずの真の名前を掴もうしても、掴めそうで掴めず、胸の中の空虚感が延々と続いていくのだ。ある晩、ヘッドホンで繰り返し聴いていたら、その後なかなか寝付けなくなってしまった。

以上「真の名前」に関しては、ブックレットで歌詞を読まずに聴いて、当初このような感想を抱いたのだが、このブログを書くにあたり歌詞を読み返してみると、本当はこのような人を不安にさせる詩ではなく、純粋にロマンティックな詩なのではないかとも思えてきたのだけれど、最初の感想というものを大事にしてみた。

「愚者の行進」は、人間に最後には必ずやってくる死が描写されているのだが、まず、冒頭で与える「死」のイメージが鮮烈だ。そしてストリングスの旋律に導かれ物語が展開していくのだが、聴いていると、生きていながらにして、自分が死ぬ瞬間を回想しているかのような物悲しく懐かしい気持ちがしてくる。間奏のギターソロは、まるでこれまで過ごした思い出や意識の炎の消失を感じさせ、続くドラムのリズムが、刻々とそして間違いなく「最後の時」が向かってくることをこちらに語りかけてくるようだ。

このように、ジギタリスの楽曲の各パートには非常に意味が込められていて、歌詞と楽曲が不可分な関係にあるように思う。

例えば他の曲でいえば、「幻影ヴァルキュリア」にわたしは強くそのように感じられた。正直言うと初め聴いた時すぐにすうっと意識に入ってくる曲ではなかった。それはなぜかというと、今まで自分が聴いたことのあるロックの曲のどれとも似てなかったからだ。しかし、歌詞に目を運んでみるとヴァルキュリアは戦乙女と書いてある。それを目にしたら、一瞬で楽曲の良さが理解できてしまった。曲調はアグレッシブでいかにも戦ってるイメージを喚起させるし、あの特徴的なギターリフや曲展開が非常に適切でかっこ良く思えるようになった。

この曲をもしも、他の歌詞に差し替えたら成立するのだろうかと想像すると訴求力は落ちるんじゃないだろうか。そのような意味で、どの曲も歌詞と楽曲の強固な繋がりで強い世界観を提示しているなあという印象を持った。

世界観の提示といえば、ブックレットも力が入っていて、各曲の歌詞の印刷部分の前にはシェイクスピアやユング、ランボー、北欧神話などの言葉が引用されており、鑑賞者が世界観を理解したり想像したりする際の導入的な役割を果たしている。また、紙面には歌の内容にまつわる図像が配されており、これも鑑賞するうえでの想像のサポートになっている。

さらにジギタリスWEBサイトでは「ArsMagna Special Story」が掲載されており、作品の世界と併せて楽しめるようになっている。(実はわたしはまだ読んでない。これからじっくり読もうと思っている。)

それにしても本作は多彩な楽曲を携えている。各曲をじっくりと聴けば頭の中でいろいろな絵を想像することができるだろう。前作の『SYZYGIA』がホワイトスペースを生かした透明感あるモノクロ画だとしたら、本作はキャンバス全体を着色した諧調豊かな色彩画という感じといったら良いだろうか。

ところで、わたしはあまり音楽雑誌をチェックしていないから分からないのだが、このジギタリスというバンドは、今どれだけ知られているのだろう。毎年、年末年始にかけて各音楽誌が年間BEST10とかBEST50とかいう企画をやっているが、もし本作がランクインされてないようだったら、「あんたら何やってんの?」って言って編集部に乗り込んじゃうからな。

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●ジギタリスWEBサイト
http://www.dtsweb.org/

●ジギタリスのmyspace(2010/08/23現在、前作『SYZYGIA』の曲が試聴できます)
http://www.myspace.com/digitalisjp

●アルケミスト (short video)

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この投稿は 2010年8月16日 月曜日 12:35 AM に ロック/ポップ全般, 日本のバンド カテゴリーに公開されました。 この投稿へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 コメントを残すか、ご自分のサイトからトラックバックすることができます。

コメント / トラックバック2件

  1. とうふ より:

    アルケミスト聴いた感じだと、凄く良さそうなバンドですね!
    ケイト・ブッシュマニアとしても、チェックしたいところです。

  2. zappaheadz より:

    こんにちは。いらっしゃいませ。

    アルケミストのPV、ショート・バージョンなんだけど、この後の展開がイイんだよね。
    このアルバムが発売したとき、ワンマン・ライブに行ったんだけど、
    凄く良かったです(^^)

    ぜひぜひ、チェックしてみてね。

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